ありがたさを知ればきっと変わる

私は近頃、利便性を追求したせいでどれだけ人々の感性が麻痺したかをふと考えます。

そういいながら私自身、やっぱり便利なものに惹かれてしまいそれに足並みを揃えて歩いていってしまうわけなのですが。
時々こわいと感じるのは私だけではないはずです。
何も不都合はなかったはずなのにその上の便利なものが出来るとそれを使い、そして慣れてしまったせいで過去のものにはもう戻れなくなってしまう自分です。
人類の進化はすばらしいものですが、時にそれは退化を意味することがあるということをもっと認識するべきなのでしょう。

水が簡単に手に入るのはすばらしいことです。
何も苦労してません。
月に数千円払う程度です。
その何も苦労しない便利さが水を軽々しく使ってしまう理由の一つでもあるのでしょう。
便利になるとありがたみを見失う、という良くない副産物を切り離せるようにならなくてはいけない時期にきていると思います。
もう一度、水のありがたみを見直してみましょう。

水は限りある資源なのだ

平成6年渇水というのが20年前ありました。

雨が少ないのと猛暑の影響で、九州地方から関東地方にかけて水が思うように供給できなくなったのです。
テレビのニュースでは貯水されていない枯れたダムが映されていました。
その時期に断水というのがありました。
時間指定されて給水を制限されるのです。
私は子供の頃でしたからそこまで深刻な問題として受け止めてませんでしたが確かに不便だったのをかすかに記憶しています。
しかしその時、水を限りあるものだと実感したし今まで明らかに違う感覚で水に触れた気がします。
幼い私は断水期間が解除された瞬間に水はもう大丈夫なのだと判断し以前の使い方に戻ったわけですが。

まずは水があって当たり前という感覚を捨てることです。
それがすべての警告を聞こえなくさせる耳栓になっているのだと思います。
そして水不足という問題を世界視野で見ることが重要なのです。
地球に限りあるものは多いことを私たちは知っているはず。
なのでそこに水という資源を一つ加えましょう。

大切に使う心掛けから始めるべきか

最近では節水している人も多いかと思います。

また以前から節水生活をしていてそれが普通の生活になっているという人もいるんじゃないでしょうか。

それとは反対に、今まで水に関して気にもとめたことないという人も少なくはないかと思います。
誰もがこのままではいけないとは頭で思いながらも、いきなり「今日から生活を変えよう」とするのは難しいことでもありますよね。
家で使える節水グッズ、たとえばシャワーヘッドや蛇口の金具を付け替えたりも効果のあるものだと思います。
しかし、とりあえずよくある節水法を実践してみるという考え方を変えましょう。
今使っている水を大切に使う心掛けから始めるべきだと思います。
また日本の水、世界の水の現状を把握して、その水が家の蛇口から出ているというイメージをするのも大切なことです。
そこの意識が変われば自然と使う水は減り、またそういう人が増えるだけでもさらに水の使用量は減っていくものでしょう。
水の無駄遣いはイメージだけで大きくカットできるものだと思います。